杜甫はどんな人? 「春望」で有名な詩人・杜甫は真面目過ぎた?

ポイント

  • 杜甫の人生は、何度も試験に落ちたり、賊に捕らえられて死にかけたりと、非常に波瀾万丈なものであった。
  • 杜甫の性格は、愚直で遅咲きで愛妻家。
  • 杜甫の作風として、「社会の問題について写実的に描写する」「嘆き悲しむものが多い」「用いる語句が独特で難解」というものが挙げられる。

1、波瀾万丈な杜甫の人生を紹介!

第1期:良い家系に生まれ、政治の世界での活躍を目指す

・711年、玄宗による素晴らしい治世(開元の治)の中、(きょう)県(河南(かなん)省)に生まれる。祖父の杜審(としん)(げん)は、詩人・政治家として著名であり、父は地方官であった。そのような家に生まれたからか、若い頃から政治に対する使命感を抱いて政治の世界を志した。20歳から各地を巡り、24歳の時、科挙(かきょ)を受けるが落第し、再び諸国を巡る旅に出る。

【小話】杜甫は元々、詩の才能が無かった? 
「春望」「登高」など、杜甫の代表的な作品は、いずれも40歳以降の作品である。一方、作詩自体は10代からはじめ、1000以上作っていたようだが、ほぼ残っていない。これは、杜甫が元々詩の才能がなく、駄作ばかりしか書けなかったからかもしれない。

第2期:李白との出会いと初就職

・33歳の時、李白と出会い、およそ1年半しばしば行動を共にする。その際、李白と文学談義を行ったり、互いに詩を作って見せ合ったり、各地を観光したりする。

【小話】杜甫は李白ファン?
この後、2人は2度と会うことは無かったが、杜甫にとって李白との出会いは、非常に大切であったようである。これは、35歳のころ、前年別れた李白を想って「春日 李白を憶う(春日憶李白)」を作ったり、その後もことある毎に、李白を誉める作品を残したりしていることからも明らかである。

・李白と別れた杜甫は都の長安へ上るが、約10年間、官職を求める浪人生活が続く。40歳のころ、「兵車行」という作品を作り、兵役や重税に苦しむ民衆をリアルに描く。

・755年、44歳の時、24年間かけて初めて念願の官吏に採用される。しかし間の悪いことに、安禄山(あんろくざん)の乱が勃発すると、家族を連れて()州((せん)西(せい)省)に避難する。

【小話】杜甫と李白の性格
とても真面目な杜甫と、自由奔放な李白は、性格的に真反対な部分があった。にも関わらず、2人の関係は非常に良好だったようである。正反対のほうが互いに惹かれる?(なお、2人とも政治に携わることを目指し、酒好きという共通点がある。)

第3期:安禄山の乱に翻弄される 賊に捉えられて死にかける

・都に危険が迫ると、玄宗(げんそう)皇帝は蜀に逃れ、太子が勝手に即位し、粛宗(しゅくそう)となる。これを知った杜甫は単身、粛宗の所に駆けつけようとしたが、途中で反乱軍に捕らえられ、長安に幽閉される。このころ、「春望」を記し、荒廃した都への感慨と、家族への想いをうたう。また「月夜」でも、離れ離れの妻や子どもへの想いをつづる。

・のち、長安を脱出し、粛宗のもとへ赴く。その忠義が認められ、47歳のころ()拾遺(しゅうい)(天子を諫める官職)を授けられる。しかし、愚直すぎる諫言(かんげん)が粛宗の怒りに触れ、立場が悪くなる。杜甫は、その頃(きょく)(こう)を読み、毎日やけ酒を飲み半ばやけくそになり、辛い気持ちを紛らわそうとしている。結局、わずか10日ほどでクビになり、地方官に左遷される。

・左遷されてからは、(せき)(ごう)()をはじめとして、民衆の実態を取り上げ、その苦しさや社会問題について描く。

第4期:成都での幸せな生活と晩年

・759年、長安付近が旱魃と飢饉に襲われ、杜甫は官職を捨てて家族と成都(四川省)に移る。成都では節度使(せつどし)(地方軍隊の総司令官)として赴任してきた旧友(げん)()のサポートを受け、生涯最も安定した生活を送る。この頃「絶句」「倦夜」春夜喜雨(春夜 雨を喜ぶ)」などを作る。

・764年、53歳で厳武の推挙により要職に就く。しかしその後、成都で反乱が起こると役職を辞任し避難する。その復職するも辞任し、2年程()(しゅう)に滞在する。この頃、「旅夜に懐いを書す(旅夜書懐)」「登高」などを作る。

・57歳のころ、(しょく)の地域を去って旅をしたものの、59歳のころ、舟の上で亡くなった。

2、愚直で遅咲きで愛妻家! 杜甫の性格とは?

・「真面目or愚直で優しい」
→民衆の苦しみに心を痛め、「兵車行」(せき)(ごう)()で民衆の苦しみを世間に訴えかけていることから、非常に真面目で心優しい性格が見て取れる。
→左拾遺として玄宗に仕えた際には、筋は通っている発言をするものの玄宗の逆鱗に触れてしまい、左遷されてしまうことからも、真面目or不器用な杜甫の人となりが分かる。

・「若い頃は才能に乏しく、遅咲きor秀才タイプ」

→科挙に何度も落ちていることに加え、若い頃の作品がほぼ残っていない一方で、40歳以降の作品で優れたものが多いため、元々才能は無かったが、苦労して才能を開花させたことが予想される。

・「愛妻家で家族想い」
「春望」「月夜」など、妻や家族を想う作品が多く残されている。

3、リアリティに溢れ切実な詩風 杜甫の作品の特徴とは?

・「社会の問題について写実的に描写する」
「兵車行」では、徴兵された兵士が出発する際の苦しみや悲しみをリアルに描き、(せき)(ごう)()では無理やり労働にかり出される民衆を描写する。このように、現代的に見れば、詩人というより社会問題を取り上げるジャーナリストに近い側面を持つ。

・「嘆き悲しむ作品が多い」
「春望」や「倦夜」など、作中でしばしば国家や自身の境遇について嘆き悲しんでいる。これは、杜甫が生きた時代や杜甫自身がそうさせた部分もあるが、元々の真面目な性格がそうさせている部分もあるか?

・「用いる語句が独特で難解」
→李白は誰にでも分かるような語句を用いることが多い一方、杜甫は独特で難解な語句をよく用いる。

4、国家と自身の辛い境遇を嘆く 「春望」

【現代語訳】
(我が)国は(反乱によって)破壊されてしまったものの、山や河は(雄大に)たたずんでいる。(長安の)城には春が訪れ、草や木が深々と生い茂っている。
(私は)世の中の(荒廃した有り様)に(悲しみを)感じては、(心を和ませるべき)花(を見ても)涙を流してしまい、(家族との)別れを恨んでは、(心を和ませるべき)鳥(の声)にも心を傷めている。
(戦乱の)のろしは三月になっても止もうとせず、家族からの手紙は言い表せないほどの価値がある。 (私の)白髪頭は掻きむしるほどに抜け落ち、かんざしで受け止めることもできない。

【原文・書き下し】
国破山河在 城春草木深 国破れて山河在り 城春にして草木深し
感時花濺涙 恨別鳥驚心 時に感じては花にも涙を(そそ)ぎ 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火連三月 家書抵万金 烽火 (さん)(げつ)に連なり 家書 万金に(あた)
白頭掻更短 渾欲不勝簪 白頭()けども更に短く (すべ)(しん)に勝えざらんと欲す

ポイント① 杜甫の境遇と唐の状態
・杜甫が生まれた時、唐の国力は栄えていた。しかし、時間を経るにつれ、次第に荒れていき、とうとう大反乱が起こってしまい、存続が危うくなるレベルで追い込まれている。またこの時、杜甫自身も賊に捕らえられ、家族とも離れ離れであった。「時に感じては花にも涙を(そそ)ぎ 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす」の部分は、花や鳥を楽しめないほど国家と自分が悲惨な状況にいることを表している。

ポイント② 人間界と自然界のコントラスト
・「国破れて山河在り 城春にして草木深し」と「時に感じては花にも涙を(そそ)ぎ 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす」の部分は、人間界=暗⇔自然界=明のように対比されながら描写されている。これによって、いかに人間界や自身が悲惨な状況なのかを強調している。

5、仕事がうまくいかずヤケクソになる 「(きょく)(こう) その二」

【現代語訳】
朝廷(の仕事)から帰ると、毎日春服を売り、
曲江のほとりで酒を飲み、酔っ払ってから帰る。
酒の借金は行きつけの店全てにある。
人生(は短く)七十まで生きた人はめったにいない。
花の蜜を吸う蝶は、奥深い所に見え、
とんぼは水面に尾をつけながら、ゆるやかに飛ぶ。
風光に伝える 共に流れゆき、 しばらくの間、互いにたたえ合い、背き合うことのないように、と。

【原文・書き下し】

朝回日日典春衣 朝より回りて日日春衣を典し
毎日江頭尽酔帰 毎日江頭に酔いを尽くして帰る
酒債尋常行処有 酒債 尋常 行く処に有り
人生七十古来稀 人生 七十 古来稀なり
穿花蛺蝶深深見 花を穿つ蛱蝶は深深として見え
点水蜻點款款飛 水に点ずる蜻蜓は款款として飛ぶ
伝語風光共流転 伝語す 風光共に流転して
暫時相賞莫相違 暫時 相賞して相違うこと莫かれ

ポイント この時の杜甫の境遇は?
・賊から何とか逃れ、皇帝のもとまで駆けつけることができ、よい役職を与えてもらった。しかし、皇帝を怒らせる発言をしてしまい、すぐに干されてしまった。
・杜甫は自分の正しいと思う発言をしたにも関わらず、それが受け入れられなかった杜甫は、とても辛く、酒に頼って自暴自棄になっていたのかもしれない。真面目な人ほど、うまくいかなくなると自暴自棄になる?

6、杜甫の作品 一覧

春日憶李白(春日 李白を憶(おも)う)→遠く離れた友人を褒めちぎる。李白と杜甫の友情

兵車行→兵士とその家族の生々しい嘆きを記録する

春望→国家と自身の辛い境遇を嘆く

月夜(げつや)→離れ離れの妻を想う

曲江→仕事がうまくいかずヤケクソになって飲んだくれる

石濠吏(せきごうり)→戦争に際する民衆への横暴を生々しく描く

春夜喜雨(春夜 雨を喜ぶ)→恵みの雨に感謝する

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