鴻門之会の分かりやすい現代語訳・解説!

鴻門之会のあらすじ

1、始皇帝の死後、秦の統治があまりにひどかったため、各地で反乱が起こる。
(項羽と劉邦も参加)

2、反乱勢力の中で、「先に秦の首都を占領した者がその地を統治しよう」という約束事を行う。

3、当時、最有力だった項羽軍を差し置き、劉邦軍が首都を占領することになる。
遅れて首都までやってきた項羽が約束を破るかもしれないと思い、首都までの関所を部下に防御させる。

4、項羽は、「劉邦が首都を占領できたのは、自分が秦の主力軍と戦っていたからだ!」と自分の功績を自負していた。
しかし劉邦が首都の主のように振る舞っていたのと、劉邦の部下から「劉邦は首都の財宝を独り占めにしようとしている」というタレコミを聞いて激怒。大軍で攻める。

5、現時点では項羽に勝てないと思った劉邦は、どうにか項羽を説得して滅ぼされないよう和解を図る。

→鴻門の会へ…

登場人物の整理

沛公(劉邦)陣営
沛公(はいこう)
…トップ。力が強い訳ではないが、人としての魅力がとてもあり、部下からの人望も厚い。

張良(ちょうりょう)…沛公の軍師。うまく沛公をフォローする。

樊噲(はんかい)…沛公の義兄弟で度胸がある。知恵もある。

曹無傷(そうむしょう)…項王に沛公のあること無いことを告げ口する。裏切り者。

その他
夏侯嬰(かこうえい)・靳彊(きんきょう)・紀信(きしん)

項王(項羽)陣営
項王(こうおう)
…トップ。力がとても強く、将軍としてとても強い。人望はあまりない。激情家でよく怒る。怖い。

范増(はんぞう)…項王の軍師。沛公の危険さをいち早く察知し、今のうちに殺そうとする。

項荘(こうそう)…項王の親族。范増の指示で沛公を殺そうとする。

項伯(こうはく)…項王の叔父さん。基本的には項王の味方だが昔、張良に助けられたことがあり、ここでは張良に恩返しするために沛公を守っている。

その他
陳平(ちんぺい)

鴻門之会の原文

【原文】

1、沛公(劉邦)が項王(項羽)に謝る
沛公、旦日従百余騎、来見項王。至鴻門、謝曰、「臣与将軍戮力而攻秦。将軍戦河北、臣戦河南。然不自意、能先入関破秦、得復見将軍於此。今者有小人之言、令将軍与臣有郤。」項王曰、「此沛公左司馬曹無傷言之。不然、籍何以至此。」

2、項王が沛公と宴会を行い、そこで范増が沛公を殺そうとする
項王即日因留沛公、与飲。項王・項伯東嚮坐、亜父南嚮坐。亜父者范増也。沛公北嚮坐、張良西嚮侍。范増数目項王、舉所佩玉玦、以示之者三。項王黙然不応。范増起、出召項荘、謂曰、「君王為人不忍。若入前為寿。寿畢、請以剣舞、因撃沛公於坐殺之。不者、若属皆且為所虜。」荘則入為寿。寿畢曰、「君王与沛公飲。軍中無以為楽。請以剣舞。」項王曰、「諾。」項荘抜剣起舞。項伯亦抜剣起舞、常以身翼蔽沛公。荘不得撃。

3、樊噲が沛公のピンチを助けるため、宴会に乱入
於是張良至軍門、見樊噲。樊噲曰、「今日之事、何如。」良曰、「甚急。今者項荘抜剣舞、其意常在沛公也。」噲曰、「此迫矣。臣請、入与之同命。」噲即帯剣擁盾入軍門。交戟之衛士欲止不內。樊噲側其盾以撞、衛士仆地。噲遂入、披帷西嚮立、瞋目視項王、頭髪上指、目眦尽裂。項王按剣而跽曰、「客何為者。」張良曰、「沛公之参乗樊噲者也。」項王曰、「壮士。賜之卮酒。」則与斗卮酒。噲拝謝、起、立而飲之。項王曰、「賜之彘肩。」則与一生彘肩。樊噲覆其盾於地、加彘肩上、抜剣切而啗之。

4、樊噲が身体張って沛公の無罪を項王へ訴える
項王曰、「壮士。能復飲乎。」樊噲曰、「臣死且不避、卮酒安足辞。夫秦王有虎狼之心、殺人如不能舉、刑人如恐不勝、天下皆叛之。懐王与諸将約曰、『先破秦入咸陽者王之。』今沛公先破秦入咸陽、毫毛不敢有所近、封閉宮室、還軍覇上、以待大王来。故遣将守関者、備他盗出入与非常也。労苦而功高如此、未有封侯之賞、而聴細説、欲誅有功之人、此亡秦之続耳。窃為大王不取也。」項王未有以応、曰、「坐。」樊噲従良坐。坐須臾、沛公起如廁、因招樊噲出。

5、部下たちが沛公を脱出させようとする
沛公已出、項王使都尉陳平召沛公。沛公曰、「今者出、未辞也、為之柰何。」樊噲曰、「大行不顧細謹、大礼不辞小譲。如今人方為刀俎、我為魚肉、何辞為。」於是遂去。乃令張良留謝。良問曰、「大王来何操。」曰、「我持白璧一双、欲献項王、玉斗一双、欲与亜父。会其怒、不敢献。公為我献之。」張良曰、「謹諾。」

6、沛公は樊噲少数の部下と一緒に無事脱出
当是時、項王軍在鴻門下、沛公軍在覇上、相去四十里。沛公則置車騎、脱身独騎、与樊噲・夏侯嬰・靳彊・紀信等四人持剣盾歩走、従酈山下、道芷陽間行。沛公謂張良曰、「従此道至吾軍、不過二十里耳。度我至軍中、公乃入。」

7、沛公が宴会の途中に帰ったことについて、張良が項王に説明
沛公已去、間至軍中、張良入謝、曰、「沛公不勝桮杓、不能辞。謹使臣良奉白一双、再拝献大王足下、玉斗一双、再拝奉大将軍足下。」項王曰、「沛公安在。」良曰、「聞大王有意督過之、脱身独去、已至軍矣。」項王則受璧、置之坐上。亜父受玉斗、置之地、抜剣撞而破之、曰、「唉。豎子不足与謀。奪項王天下者、必沛公也。吾属今為之虜矣。」沛公至軍、立誅殺曹無傷。

鴻門之会の原文・書き下し・現代語訳

1、沛公(劉邦)が項王(項羽)に謝る

【書き下し】
 沛公(はいこう) ①旦日② 百余騎を従え、来りて項王(こうおう)③に見えんとし、鴻門(こうもん)④に至る。 謝して曰く、 「臣 将軍と力を戮(あわ)せて⑤秦を攻む。 将軍は河北(かほく)⑥に戦い、臣 河南(かなん)⑦に戦う。 然れども自ら意(おも)わざりき、能く先ず関に入りて秦⑧を破り、 復た此に将軍に見ゆるを得んとは。 今者 小人⑨の言有り、将軍をして臣と郤(げき)⑩有らしむ」と。 項王曰く、 「此れ沛公の左司馬(さしば)曹無傷(そうむしょう)⑪ 之を言へり。 然らずんば、籍⑫何を以てか此に至らん。」 と。


【注釈】
①沛公…劉邦のこと。
②旦日(たんじつ)…翌朝。
③項王→項羽のこと。
④鴻門→首都咸陽の東にある地名。ここで項羽と劉邦が会見する。
⑤戮せて→協力して
⑥河北→黄河より北の地域。
⑦河南→黄河より南の地域。
⑧秦→国の名前。ここでは項羽・劉邦らに攻められて滅亡している。
⑨小人→不道徳な人物。
⑩郤→仲違い。
⑪左司馬曹無傷→「左司馬」は役職名。「曹無傷」は人名。劉邦の部下だが、項羽に嘘を言って裏切ろうとしている。

【現代語訳】
 沛公は翌朝、100騎ほど(の部下)を従え、やってきて項羽に面会しようとし、鴻門に到着した。 (沛公が項王に)謝罪して「私は将軍と協力して秦に攻め入りました。将軍は河北で戦い、私は河南で戦いました。しかしながら、自分でも予想してなかったことに、(私が)先に関中に入って秦を倒すことに成功して、再び将軍(=項羽)に、この地でお会いできるとは。今、不道徳な人間(=曹無傷)が告げ口をして、将軍と私の間を仲違いさせようとしています。」と言った。 項王は「そのこと(=劉邦が首都の財宝を独り占めにしようとしているという情報)は、あなたの左司馬の曹無傷から聞いたのだ。そうでなければ、どうして私がこのような事(=沛公軍に攻撃)をするでしょうか。(いや、攻撃するはずがない。)」と言った。

なぜ沛公の部下である曹無傷は項王に告げ口したのか?それは、当時圧倒的に強かった項王側に乗り換えるためです。つまり裏切りです。

2、項王が沛公と宴会を行い、そこで范増が沛公を殺そうとする

【書き下し】
 項王 即日因りて沛公を留めて与(とも)に飲す。 項王・項伯(こうはく)①は東嚮(とうきょう)②して坐し、亜父(あほ)③は南嚮して坐す。 亜父とは、范増(はんぞう)④なり。 沛公は北嚮して坐し、張良(ちょうりょう)⑤は西嚮して侍す。 范増数(しばしば)項王に目し、佩(お)ぶる⑥所の玉玦(ぎょくけつ)⑦を挙げて、以て之に示すこと三たびす。 項王黙然として応ぜず。

【注釈】
①項伯…項羽(=項王)の叔父。劉邦軍の張良と仲が良かった。
②東嚮…東を向くこと。(後ろの「嚮」も「向く」の意味)
③亜父…范増のこと。「父に亜(つ)ぐ」という意味で、項羽から范増への敬意を表している。
④范増…項羽の軍師。項羽から信頼されていた。
⑤張良…劉邦の軍師。昔、項伯のことを助けた。
⑥佩ぶ…身につける。
⑦玉玦…宝石の一種。

【現代語訳】
 項王はその日、沛公を引きとどめて一緒に酒を飲んだ。項王と項伯は(西側の席に座って)東を向いて座り、亜父は(北側の席に座り)南を向いて座った。亜父とは范増のことである。沛公は(南側の席に座って)北を向いて座り、張良は西を向いて(沛公のそばに)控えている。 范増は何度も項王に目配せをして、(腰に)つけていた玉飾りを挙げて、項王に(沛公を殺すべきだと)何度も合図した。(しかし)項王は黙ったまま応じなかった。

「玦」は「決(決断)」の意味に通じ、ここで范増が玦を出したのは、項羽に「劉邦を殺す決断をして下さい!」という合図です。

 
【書き下し】
 范増起ち、出でて項荘(こうそう)⑧を召し、謂いて曰く、「君王⑨ 人と為り⑩忍びず。 若入り前みて寿を為せ⑩。寿畢(お)わらば、請いて剣を以て舞い、因りて沛公を坐に撃ちて之を殺せ。不者(しらか)ずんば、若が属⑫ 皆且(まさ)に虜(とりこ)⑬とする所と為らん。」と。

【注釈】
⑧項荘…項羽のいとこ。
⑨君王…(范増から見て)自分の君主。
⑩人と為り…性格orひとがら。
⑪寿を為す…長寿をお祝いすること。
⑫属…身内。
⑬虜…捕虜。


【現代語訳】
 (項王が沛公殺害を決断しなかったため、)范増は立ち上がり(宴席の)外に出て、項荘を呼び寄せて「わが君主(=項羽)は、性格的に(沛公をだまし討ちで殺すような)残忍なことができない。(だから代わりに、)おまえが(宴席に)入り、(沛公の)前に進んで長寿を祝え。祝いが終わったら、剣で舞うことを願い出て、(剣舞をしている際に)沛公を(斬り)殺してしまえ。そうしないと、(将来)お前の身内も皆、(沛公の軍勢に攻めこまれ、お前たちの一族は)捕虜になってしまうだろう。」と言った。

項王は、非常に戦争に強いですが、優柔不断なところがあります。

【書き下し】
 荘則ち入りて寿を為す。寿畢わりて曰く、「君王 沛公と飲む。 軍中以て楽を為す無し。請う剣を以て舞わん。」と。 項王曰く、「諾。」と。 項荘 剣を抜きて起ちて舞う。 項伯も亦(ま)た剣を抜きて起ちて舞い、常に身を以て沛公を翼蔽(よくへい)⑭す。 荘撃つを得ず。

【注釈】
⑭翼蔽…人を庇(かば)って助ける。

【現代語訳】
 項荘はすぐにも(宴席に)入って長寿を祝った。長寿を祝い終わって(項荘は)「わが君主(=項王)が沛公と(酒を)飲んでおられます。軍中なので娯楽がありません。(余興として)どうか剣で舞わせてください。」と言った。項王は「よいぞ。」と答えた。項荘は剣を抜き立ち上がって舞った。(沛公暗殺の意図に気づいた)項伯もまた(沛公を守ろうとして)剣を抜いて立ち上がって舞い、常に身をもって、沛公をかばって助けた。(そのため)項荘は(沛公を)殺すことができなかった。

この場面で、項王の叔父である項伯が沛公を守るのは不思議かもしれません。
実は項伯は沛公の右腕である張良にかつて助けられ、大きな恩義があり、沛公をを守りたい張良のために暗殺を阻止しています。

3、樊噲が沛公のピンチを助けるため、宴会に乱入

【書き下し】
 是に於いて⑮張良 軍門に至り、樊噲⑯を見る。 樊噲曰く、「今日の事⑰ 何如(いかん)。」と。 良曰く、「甚だ急⑱なり。 今者 項荘 剣を抜きて舞う。其の意常に沛公に在るなり。」と。 噲曰く、「此れ迫れり。 臣請う、入りて之と命を同じくせん。」と。 噲即ち剣を帯び盾を擁して軍門に入る。交戟の衛士⑲、止めて内れざらんと欲す。

【注釈】
⑮是に於いて…この時
⑯樊噲…劉邦の義兄弟で勇敢な戦士。
⑰事…ここでは、項羽と劉邦の会見のこと。
⑱急…まずい状況。(「緊急」の「急」)
⑲交戟の衛士…武器を交えて守る門番兵たち。
(下の画像のようなイメージ)

【現代語訳】
 この時、張良は軍門に行き、(沛公を待っていた)樊噲を見た。樊噲が「今日の会見の様子はどうですか。」と問いかけた。(張)良は、「非常にまずい状況だ。今、項荘が剣を抜いて舞っている。その意図は常に沛公(を殺すこと)にある。」と答えた。噲は、「それはまずい。お願いです、(宴席に)入って沛公と生死を共にさせて下さい。」と言った。(樊)噲は、すぐに剣を持って盾を抱えて軍門に入った。武器を交えて守る門番兵たちは、(樊噲を)止めて中に入らせないようにした。

樊噲は沛公が軍を立ち上げる前から沛公をとても慕っていました。だからこそ、「臣請う、入りて之と命を同じくせん。(お願いです、(宴席に)入って沛公と生死を共にさせて下さい。)」と述べた訳です。

【書き下し】
 樊噲 其の盾を側てて⑳、以て衛士を撞(つ)きて地に仆(たお)す。 噲遂に入り、帷(とばり)㉑を披(ひら)きて西嚮して立ち、目を瞋(いか)らして㉒項王を視る。頭髪 上指㉓し、目眦(もくし)㉔尽く裂く。項王 剣を按じて跽(ひざまず)きて曰く、「客何為る者ぞ。」と。 張良曰く、「沛公の参乗(さんじょう)㉒樊噲という者なり。」と。

【注釈】
⑳側てて…傾けて
㉑帷…大きい布で空間を仕切るもの。
㉒瞋(いか)らす…目をかっと見開く。
㉓上指…逆立つ。
㉔目眦…目尻。
㉕参乗…護衛。

【現代語訳】
 (しかし)樊噲は持っていた盾を傾けて、兵士を突き飛ばして地面に倒した。(樊)噲はそのまま中に入り、幕を開き西向きに立ち、目をかっと見開いて項王を視る。(樊噲の)頭髪は逆立ち、目尻は裂ける(くらい見開いている)。項王は剣に手をかけ、膝立ちになって「お前は何者だ。」と問いかけた。張良が、「沛公の護衛の樊噲という者です。」と答えた。

「(樊噲の)頭髪は逆立ち、目尻は裂ける(くらい見開いている)」の部分は、沛公を殺させないよう必死になっている様子を表しています。

【書き下し】
 項王曰く、「壮士㉖なり。之に卮酒㉗を賜え。」と。 則ち斗卮酒を与ふ。 噲拝謝して起ち、立ちながらにして之を飲む。 項王曰く、「之に彘肩(てつけん)㉘を賜え。」と。 則ち一の生彘肩を与う。 樊噲 其の盾を地に覆せ、彘肩を上に加へ、剣を抜きて切りて之を啗(くら)う。

【注釈】
㉖壮士…立派な男。
㉗卮酒…酒をつぐ大きな盃。
(下のイラストのようなイメージ)


㉘彘肩…生の豚ロースの塊。

【現代語訳】
 項王は、「立派な男であるな。大杯の酒を与えよ」と言った。そしてすぐさま一斗の酒が入った盃を与えた。(樊)噲は謹んで礼を言うと立ち上がり、そのままの状態で飲んだ。項王は、「豚の肩肉を与えよ」と命令した。そしてすぐにブロックの生の豚の肩肉を与えた。樊噲は盾を地面の上に置き、豚の肩肉をその上にのせ、剣を抜いて切って喰った。

なぜ項王は生の肉を樊噲に与えたのでしょう?当時でも豚の生肉を食べることは無かったので、異常だったことは確かです。
説としては、①項王が樊噲の度胸を試した説、②項王独自のもてなし説が挙げられます💡

4、樊噲が身体を張って沛公の無罪を項王へ訴える

【書き下し】
 項王曰く、「壮士なり。能く復た飲むか。」と。 樊噲曰く、「臣 死すら且つ避けず。卮酒安くんぞ辞するに足らんや。夫れ秦王 虎狼の心㉙有り。人を殺すこと挙ぐるに能わざるがごとく、人を刑すること勝えざるを恐るるがごとし。天下 皆 之に叛(そむ)く。懐王㉚ 諸将と約しく曰く、『先に秦を破りて咸陽㉛に入る者は之を王とせん。』と。今 沛公 先に秦を破りて咸陽に入り、毫毛㉜も敢えて近づくる所有らず。 宮室を封閉し、還りて覇上㉝に軍し、以て大王㉞の来たるを待てり。故(ことさら)に将を遣わして関を守らしめしは、他盗の出入と非常とに備えしなり。労苦して功高きこと此のごとし。未だ封侯の賞有らず。 而も細説㉟を聴きて、有功の人を誅せんと欲す。此れ亡秦の続㊱のみ。窃かに大王の為に取らざるなり。」と。

【注釈】
㉙虎狼の心…虎狼のような残忍な心
㉚懐王…項王や沛公の(名目上)上に立つ存在。
㉛咸陽…秦の首都。沛公が先に占領した場所。
㉜毫毛…わずか。
㉝覇上…地名。咸陽の南側に存在する。
㉞大王…項王のこと。
㉟細説…取るに足りない意見。
㊱亡秦の続…滅びた秦の二の舞。

【現代語訳】
 項王は、「立派な男である。まだ飲めるか。」と問いかけた。樊噲は「私は死ですら避けません。まして酒なぞ、どうして断る必要がありましょうか。(もちろんまだまだ飲めます。)そもそも、秦王には虎狼のような残忍な心がありました。数え上げることができないほど人を殺し、処罰が追いつかないのを心配するほど人々を罰してきました。(だから)天下はみな反乱を起こしました。懐王は諸将と約束して『先に秦を破って咸陽に入った者を王としよう。』と言いました。今、沛公は先に秦を破り咸陽に入城しましたが、わずかほど(の財宝も)決して(誰も)近づけようとはしていません。宮室を封印し、帰って覇上に駐屯し、大王が来られるのをお待ちしていました。わざわざ将兵を派遣して(函谷)関を守らせているのは、他の盗賊の出入りと非常事態に備えていたからです。(沛公が)労苦して功績が大きいことは今述べた通りです。(しかし)まだ侯に封じるという恩賞がありません。その上、大王は取るに足りない意見(=曹無傷の告げ口)を受け入れ、功ある人(=沛公)を誅殺しようとしています。これでは滅びた秦の二の舞になるでしょう。(大王がなさろうとしていることは、)僭越ながら大王自身のために取るべき(方針)ではありません。」と答えた。

「細説…取るに足りない意見」は、具体的には、1で述べられた曹無傷の告げ口を指します。

樊噲は生の豚肉を食べるほどワイルドだと思いきや、一転してロジカルに項王を説得していて、ギャップが面白いですね✨

【書き下し】
 項王未だ以て応うる有らず。 曰く、「坐せよ。」と。 樊噲 良に従いて坐す。坐すること須臾(しゅゆ)㊲にして、沛公起ちて廁㊳に如(ゆ)く。 因りて樊噲を招きて出ず。

【注釈】
㊲須臾…少しの間。
㊳厠…トイレ。

【現代語訳】
 項王はいまだ返答しなかった。「座れ。」と言う。 樊噲は(張)良のそばに座った。座ってしばらくすると、沛公は立ち上がりトイレへ行った。そして樊噲を招き(一緒に)外へ出た。

5、部下たちが沛公を脱出させようとする

【書き下し】
 沛公已に出づ。 項王 都尉(とい)陳平(ちんぺい)㊴をして沛公を召さしむ。沛公曰く、「今者出づるに未だ辞せざる㊵なり。 之を為すこと奈何(いかん)。」と。 樊噲曰く、「大行は細謹を顧みず㊶、大礼は小譲を辞せず㊷。 如今(いま)人㊸は方に刀俎(とうそ)為り、我は魚肉為り。何ぞ辞するを為さん。」と。

【注釈】
㊴都尉陳平…都尉は役職名。陳平は人名で項王の部下。
㊵辞せざる…別れのあいさつをしない。
㊶大行は細謹を顧みず…「大事をなす時にはささいな過ちを気にする必要はない」という格言。
㊷大礼は小譲を辞せず…「重要な儀礼(を行うためには)小さな遠慮をする必要はない」という格言。
㊸人…ここでは項王や范増などのことを指す。

「大行は細謹を顧みず、大礼は小譲を辞せず」は、沛公へ逃げる決断を迫るために引用しています💡つまり、細かな礼儀より自身の命が大切ということですね。

【現代語訳】
 沛公はすでに外へ出ていた。項王は都尉の陳平に沛公を呼ばせた。沛公は、「今、退出するとき、別れの挨拶をしていなかった。(無礼になると思うが)どうしたらいいだろうか。」と言った。樊噲は、「大事をなす時にはささいな過ちを気にする必要はなく、重要な儀礼(を行うためには)小さな遠慮はしないものです。今、項王たちは包丁とまな板のようなものであり、我々は魚や肉も同然です。どうして(魚や肉が包丁やまな板に)別れの挨拶をする必要がありましょうか。(する必要などありません。)」といった。

後半のたとえは面白いですね。
日本語の「まな板の上の鯉」を思い浮かべると分かりやすいです。

項王たち=「包丁とまな板」で、沛公をさばこうと(=殺そうと)している
沛公=「魚や肉」で、項王たちに殺されそうになっている。

【書き下し】
 是に於いて遂に去る。乃ち張良をして留まりて謝せしむ。 良問いて曰く、「大王㊺来たるとき、何をか操(と)れる㊹。」と。 曰く、 「我 白璧一双㊻を持し、項王に献ぜんと欲し、玉斗一双㊼をば、亜父に与えんと欲せしも、其の怒りに会いて敢へて献ぜず。 公㊽ 我が為に之を献ぜよ。」と。 張良曰く、「謹みて諾す。」と。

【注釈】
㊹大王…ここでは沛公のこと。項王ではないので注意!
㊺操れる…土産を持ってくる。
㊻白璧一双…「白璧」は宝石の一種。「一双」はペア。
㊼玉斗一双…「玉斗」は宝石の一種。
㊽公…ここでは張良のことを指す。

【現代語訳】
 そしてとうとう(沛公は宴会から)去った。そこで張良を留めて謝罪させた。(張)良が「大王(=沛公)はいらっしゃるとき、何を土産として持参されましたか。」と尋ねた。沛公は、「私は白壁一対を持ってきて項王に献上し、玉斗一対を亜父に与えたいと思っていたが、項王らが怒っているため、進んで献上しなかった。あなたは私のために(これらを)献上してくれないか。」とお願いした。張良は、「謹しんでお引き受けいたします。」といった。

6、沛公は樊噲ら少数の部下と一緒に無事脱出

【書き下し】
 是の時に当たりて、項王の軍は鴻門の下に在り、沛公の軍は覇上に在り。 相去ること四十里㊾なり。沛公則ち車騎を置き、身を脱して独り騎し、樊噲・ 夏侯嬰(かこうえい)・靳彊(きんきょう)・紀信(きしん)㊿等四人の剣盾を持して歩走すると、酈山(りざん)①の下従り芷陽(しよう)②に道して間行③す。 沛公 張良に謂いて曰く、 「此の道従り吾が軍に至るには、二十里に過ぎざるのみ。 我が軍中に至れるを度(はか)り、公乃ち入れ。」 と。

【注釈】
㊾四十里…約16キロ(一里は約400メートル)
㊿樊噲・ 夏侯嬰・靳彊・紀信…4人とも劉邦が特に信頼する部下たち。
①酈山…地名。
②芷陽…地名。
③間行…抜け道をを通って行く。

【現代語訳】
 この時、項王の軍は鴻門の近くにおり、沛公の軍は覇上にあった。(両軍は)四十里離れている。沛公は(連れてきた)車と騎兵を置いたままにし、(宴会から)抜け出して単身で馬に乗り、樊噲・夏侯嬰・靳彊・紀信ら四人が剣と盾とを持ち徒歩で(従い)、酈山のふもとから芷陽を経由し抜け道を通って(自軍のいる覇上まで)行くことにした。沛公が張良に「この道から我が軍までは二十里に満たないほど(ですぐに着くだろう)。 私が軍中に到達する(タイミング)を見計らって、貴公(=張良)は中に入ってくれ。」と指示した。

ここからも、沛公の人望の厚さが分かりますね。張良や樊噲だけでなく、夏侯嬰・靳彊・紀信にも慕われていることが分かります。

7、沛公が宴会の途中に帰ったことについて、張良が項王に説明

【書き下し】
 沛公已に去り、間(しの)びて軍中に至る。 張良入りて謝して曰く、 「沛公 桮杓(はいしゃく)④勝えず、辞すること能わず。謹みて臣 良をして白璧一双を奉じ、再拝して大王の足下に献じ、玉斗一双をば再拝して大将軍⑤の足下に奉ぜしむ。」と。 項王曰く、「沛公安くにか在る。」と。 良曰く、 「大王 之を督過⑥するに意有りと聞き、身を脱して独り去れり。 已に軍に至らん。」と。

【注釈】
④桮杓…酒を飲むこと。
⑤大将軍…ここでは范増のこと。
⑥督過…過失を責める。

【現代語訳】
 沛公はすでに去り、ひそかに(覇上の)軍中に到着した。張良は宴席に入って謝罪して「沛公はもう酒(の酔い)に耐えられず、退席の挨拶もできませんでした。(そこで)謹しんでこの(張)良に命じて白璧一対を奉り、再拝して大王(=項羽)に献上させ、玉斗一対を再拝して大将軍(=范増)まで献上させることにしました。」と伝えた。項王は、「沛公はどこにいるのだ」と問いかけた。(張)良は、「大王には沛公の過失を責める意志がおありと聞き、1人で去りました。すでに(覇上の)軍中にたどり着いたでしょう。」と答えた。

【書き下し】
 項王則ち璧を受け、之を坐上に置く。 亜父 玉斗を受け、之を地に置、剣を抜き撞きて之を破りて曰く、「唉(ああ)、豎子(じゅし)⑦与に謀るに足らず。 項王の天下を奪う者は、必ず沛公ならん。 吾が属 今に之が虜と為らん。」と。 沛公軍に至り、立ちどころに曹無傷を誅殺す。

【注釈】
⑦竪子…小僧or青二才。ここでは范増の項王に対する批判のニュアンスが存在する。

【現代語訳】
 項王は璧を受け取り、座席のそばに置いた。亜父は玉斗を受け取り、地面に置いて剣を抜いて突き壊し、「ああ、小僧とは謀りごとはできない。項王の天下を奪う者は、必ずや沛公であろう。 我が一族は今に彼に捕えられることとなるだろう。」と言った。沛公は軍中に到着すると、すぐさま曹無傷を処刑した。

范増は再三沛公を殺すようにしていたのですが、張良や樊噲の活躍によって結局殺すことができませんでした💦
宝石をもらってまんまと騙されている項王に、「小僧とは謀りごとはできない!」とイラつくのも無理はありません。

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