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1、小国寡民(しょうこくかみん)の内容とは?
【現代語訳】
小国で住民の少ない所では、たとえ道具があっても使わせないようにする。人々に生命を大切にさせ、遠方には移住させないようにする。そうすれば、船や馬車があっても乗る機会がなく、武器があっても並べておくだけで使うことはなくなるだろう。人々に昔通りに縄を結んで約束の印をさせ、今食べているものを美味いとして、今着ているものを美しいと思い、今住む家を安楽だとし、現在の生活や風習を楽しいとして満足させるようにする。そうなれば、たとえ隣国がすぐ近くにあり、その鶏や犬の鳴き声が聞こえてくる程の近距離にあっても、その住民たちは老いて死ぬまで、境界を越えて行き来することがな(く、争いは止んで平和となる)。(第80章)
【原文】
小国寡民、使有什伯之器而不用、使民重死而不遠徙、雖有舟輿、無所乗之、雖有甲兵、無所陳之。使人復結縄字用之、甘其食、美其服、安其居、楽其俗、鄰国相望、雞犬之声相聞、民至老死、不相往来。
【書き下し】
小国寡民、什伯(じゅうはく)の器有るも而も用いざらしめ、民をして死を重んじて而して遠く徙らざらしめば、舟輿(しゅうよ)有りと雖も、これに乗る所無く、甲兵有りと雖も、これを陳(つら)ぬる所無し。人をして復た縄を結びて而してこれを用いしめ、その食を甘(うま)しとし、その服を美とし、その居に安んじ、その俗を楽しましめば、鄰国相い望み、雞犬の声相い聞こゆるも、民は老死に至るまで、相い往来せず。
【解説】
・老子が考える理想の国家のあり方とは、「小さい国土に少ない民衆」であり、「必要最低限の道具を用い、地域間での行き来がない社会」です。
・これは現代社会とは真逆です。現代では、国土は広ければ広いほどよく、民衆は多いほど良いとされるのが常識です。だからこそ、国家間で領土問題が起こったり、戦争を起こして領土を奪おうとしますし、少子化が社会問題となります。また、道具は便利であればあるほど良く、国際間で行き来があること(=国際化)を推奨します。
→では、なぜ『老子』はこのように、現代とは真逆の国家・社会を理想とするのでしょう?
2、なぜ最低限の道具のみしか使わせないのか?(私見)
①道具を積極的に使ってしまうと、技術や経済が発展し、人の欲望がかき立てられて争いや破滅に向かってしまうから。
→「民衆に便利な道具が多くなると、国家はますます乱れてしまう。(民に利器多くして、国家ますます昏(みだ)る)」(第57章)
・現代における「便利な道具」とは、電気・インターネット・スマートフォン・交通手段(電車・飛行機…)が挙げられます。これらのデメリットを考えると、老子が最低限の道具のみしか用いさせない意味が分かってきます。
(例)スマートフォンのデメリット
・SNSによるいじめor誹謗中傷。
・依存してやるべきこと(=仕事や勉強)ができない。
・夜遅くまでいじって睡眠時間が削られる。
・なんでもすぐに調べてしまい、自分で考える力が劣化してしまう。
・対面で他人と接する機会が少なくなり、コミュニケーション能力が劣化してしまう。
・気軽に買い物ができるため、買いすぎて金欠になってしまう。
・個人情報が流出して危険な目にあってしまう可能性がある。
(これ以外にも沢山あります。)
→現代人は、便利な道具を利用しているのでしょうか?それとも道具に利用されているのでしょうか?
・このように、便利な道具には相応のリスクやデメリットがあります。老子は、便利な道具のデメリットを鑑みて禁止したのだと思われます。
②技術や便利な道具があると、それを持つものと持たないもので格差が生まれるから。
→技術(スマホやネット)をうまく扱える人もいれば扱えない人もいます。前者は社会的に成功し裕福になりやすいですが、後者はしづらく、貧困に陥りやすいです。
3、なぜ遠方への移住をさせないのか?(私見)
・人々の移住や往来によって他の地域を知ってしまうことは、戦争や文化的衝突の第一歩だから。
(文化衝突の例1)捕鯨問題について
・日本の捕鯨について、オーストラリアをはじめとする諸国に激しい批判をされているが、これは「日本におけるクジラ=経済動物という価値観」と、批判国の「クジラ=哺乳類で知能が高く、人間と同様の存在or神聖視される動物という価値観」が衝突した結果です。
→そもそも日本とオーストラリアが国交を結ばず、互いの存在すら知らなければ、このようなことは起こりませんでした。
(文化衝突の例2)靖国問題について
・靖国問題とは、日本の首相が靖国神社に参拝することについて、中国や韓国から非難されているという問題。
・なぜ中国や韓国は、日本の首相が靖国神社に参拝することに批判するでしょう?それは、「靖国神社には先の戦争のA級戦犯=中国・韓国を支配した主要人物たちが祀られているので、首相が参拝するのは止めるべき」と言われていますが、この裏には日本と両国の死生観が大きく関わっています。
・日本では、悪人だろうが(そもそも日本人にとってA級戦犯が本当に悪人かどうかは考える必要がありますが)全て「死ねば仏」であり、供養する必要があるという価値観が浸透しています。
・一方、中国・韓国では、「生前の評価が死後も続く」という価値観が根強くあります。(諡号システムや秦檜の像が良い例)
諡に関する解説→諡(おくりな)で漢文が楽しく読みやすくなる!
→そもそも日本と中国・韓国が国交を結ばず、互いの存在すら知らなければ、このようなことは起こりませんでした。
・上の2例の他、国家間での価値観が衝突して国際問題になるケースは多く存在します。また、国家間だけでなく、国内でも様々な価値観がぶつかって問題になる(いわゆるカルチャーショック)ことも多いです。
3、まとめ
・小国寡民は、現代とは真逆の国家のあり方ですが、実際に歴史を見てみると、老子の言い分がよく分かってきます。便利な道具や国際化には、相応のデメリットやリスクがあるからこそ、老子は最低限のみの道具で人々の往来を制限しようとしたのでしょう。
・今更、道具の発展や往来を止めることは難しいですが、これらのデメリット・リスクに留意し、できる限り減らしていく努力はしたほうがよいと思います。