恋に生きて恋に死んだ女性詩人 魚玄機(ぎょげんき)の漢詩と人生を紹介!

1、中国文学における女性の立ち位置とは?

・中国文学において、女性が活躍することはまれであった。これは、当時の中国が男性社会であったことや、「文学は政治において重要であり、政治に女性は関わるべきではない」という価値観に基づいていたためである。

・ただし、全く女性の詩が存在していなかったのではなく、前漢の(たく)(ぶん)(くん)(はく)(とう)(ぎん))や(おう)(しょう)(くん)(怨詩)、三国時代の(さい)(ぶん)()(「悲憤詩」)、五胡十六国時代の()(ずい)夫人、唐の(せっ)(とう)(ぎょ)(げん)()など、優れた詩を残す女性は存在した。

2、魚玄機(ぎょげんき)とはどのような人?

・字は幼微or(けい)(らん)。843年(唐の終わり頃、李白・杜甫の時代より約100年後)、長安の娼家(しょうか)(歌や音楽・遊戯・性的サービスを提供する家。「妓楼(ぎろう)」とも。)に生まれる。もしくは、貧民の出身で幼いときに売られてきた可能性もある。

・魚玄機は若い時より美しく、かつ詩才に恵まれていた。その噂は長安で広がり、有力な官僚からも一目置かれるようになる。少なくとも、(おん)(てい)(いん)()(えい)といった名士と交流を持っている。

・あるとき(10代後半ごろ?)、()(おく)という高級役人が魚玄機を気に入り妾とする。その後、二人は新婚生活を楽しむ。やがて二人は、李億の故郷(山西省)へ旅行する。しかし、旅行先で魚玄機だけ先に長安へ戻っている。これは恐らく、李億の正妻からの圧力があったのではないか。

※当時の夫婦観
・中国では、長く一夫多妻制・一夫一婦制ではなく(さい)(しょう)制(本妻が一人+妾が複数人)が取られた。従って、妾を持つことは不倫ではなかった。

・これは家の存続・子孫繁栄を重要視する価値観に基づいているが、少なくとも本妻からすれば良い思いをするものではなく、悲惨な事件が起こることも。(例:呂太后(正妻)が戚夫人を「人ぶた」に。)

・先に帰った魚玄機は、長い間李億を待つが帰ってこない。この頃の気持ちを、「情書寄李子安(情書 李子安に寄す)」という作品に残している。

・一年ほど経ち、ようやく李億が長安へ戻り、新婚生活を再開する。その後、李億が湖南省へ転勤すると、魚玄機もそれに同行する。しかし、旅の途中で魚玄機は李億に捨てられる。この時の気持ちを、「寄子安(子安に寄す)」「寄李億員外(李億員外に寄す)」「遣懐(懐いを遣る)」「閨怨」「送別」「暮春有感寄友人(暮春 感ずる有りて友人に寄す)」といった詩に残す。(この時20才)

・その後、魚玄機は長安へ戻り、道士(道教の修行を行う者)となる。この頃、「売残牡丹」という作品を残す。26才の頃、李近仁という男性・魚玄機・魚玄機の召使いと三角関係になり、そのもつれで召使いをむち打ちで殺してしまう。そして魚玄機は死刑となり、生涯を終えた。

・魚玄機自身の性格は「純粋で気が強く激情家」、その人生は「愛情に生き愛情に死んだ」と表現することができるか。

・彼女の作品は、恋愛に関係するものが大半を占める。李白がロマンチックで脚色された女性の気持ちを読むとすれば、魚玄機は女性の実直でリアルな気持ちを読む。

・魚玄機の作品は、少なくとも良家のお嬢様には書けない代物であった。なぜなら、良家では儒教の価値観を最も重視するため、儒教的な女性の理想像(貞淑で知性があり控えめ)の枠からずれることができないからである。魚玄機の作品は、その点で非常に特徴的ということができる。

・なお、森鴎外の『魚玄機』は、この魚玄機をモデルとした小説。

3、遠方の愛する人への想いをつづる 情書寄李子安(情書 李子安に寄す)

【現代語訳】

ラブレターを李子安にお送りする

 氷を飲んでも、キハダ(=熱を下げる薬草)を食べても、あなたへの思慕を消すことができないのです。夜ごとの夢のなかに、あなたと過ごした(しん)(すい)(こく)(かん)(=李億が居る故郷の川・関所。)にいたころの記憶が毎夜現れるのです。

 わたしの燃えさかっているあなたへの想いを、鏡の裏(に彫ってあるカササギに頼んで、)鏡の半分を持って飛んでいって伝えさせたいのですが、遠くて届かないのではないかと思います。また琴でも弾いて、独りのさみしさを紛らわそうと思いますが、カササギのように飛べない我が身を恨めしく思うばかりです。

 井戸のあたりに植えられているあおぎりの葉(=夫婦の象徴)が、秋雨に打たれて音をたてています。窓の近くにおいてある燭台の(ともし)()でさえも、明け方が近くなると、夜明けの冷たい風に消えそうになってしまいます。

 (あなたは)私へ手紙さえも送って下さりません。(昔から「遠き旅先からの便りは、鯉の腹の中に入っている」と言いますが、)いったいどこに(鯉の中にある手紙が)あるのでしょうか。

 手紙を入れた鯉を釣ろうと竿を持って釣りをして、もう何日も経ちますが、私の目に映るのは川の流れだけで(あり、いっこうにあなたからの手紙はいただけていません)。

【原文・書き下し】

飲氷食檗誌無功、晋水壷関在夢中。
氷を飲むも(きはだ)を食うも志 功なく、晋水 (こく)(かん) 夢中に在り。

秦鏡欲分愁堕鵲、舜琴将弄怨飛鴻。
秦鏡 分たんと欲するも()(じゃく)を愁い、舜琴 弄せんと将るも()(こう)を怨む。

井辺桐葉鳴秋雨、窓下銀灯暗暁風。
井辺の桐葉は秋雨に鳴り、(そう)()の銀燈は 暁風に暗し。

書信茫茫何処問、持竿尽日碧江空。
書信 (ぼう)(ぼう) 何れの処にか問はん、竿を持つこと尽日なるも(へき)(こう)空し。

【解説】

・遠くにいる夫へ向けて送ったラブレター。典故が多用されており、魚玄機の豊富な教養が発揮されている。

・カササギのくだりについて
→昔、別居している夫婦があり、それぞれ鏡の半分を分けていたが、後に妻が他の男と通じた。すると妻が持っていた鏡がカササギに変化し、夫のもとへ飛んでいった。ここから、中国では鏡の裏面にカササギを彫る習慣が生まれた。中盤のカササギの件は、これを踏まえている。

・あおぎりの葉について
→中国では古くから「()(とう)」(梧は雄、桐は雌)と称され、「男女の永遠の愛」の隠喩としてしばしば用いられる。

・後半の釣りの件について
→中国の古い詩に、遠方からの客人が送った二匹の鯉の腹の中から、手紙が出てきたという故事が存在する。そこから、手紙を「双魚」「()(しょ)」とも称するようになった。後半の件はこれを踏まえている。

4、フラれた男に送る 寄李億員外(李億員外に寄す)

【現代語訳】

 (昨夜は遅くまであなたのことを思い続けて、やっと明け方に寝たので)なんだか太陽に照らされるのが恥ずかしく、うすい袖でさえぎり、この春を憂い悲しみ、起きて化粧をする気にもなれません。

 高価なものを手に入れるのは簡単ですが、本当の愛をそそいでくれる男を見つけることは、とても難しいです。

 ひとり寝の寂しさにひっそりと枕をぬらし、せっかく楽しむべき春の花の中にいても、心の中は悲しく腸もちぎれるほど辛くもどかしいです。

 しかし、自分から好きな人のおそばへ行ったのだから、見捨てられた今でも、あなたのことを恨んだりはしません

【原文・書き下し】

羞日遮羅袖、愁春懶起粧。日を羞じて羅袖に遮り、春を愁いて起粧に懶し

易求無価宝、難得有心郎。無価の宝を求むるは易きも、有心の郎を得るは難し

枕上潜垂涙、花間暗断腸。枕上潜かに涙を垂れ、花閒 暗に腸を断つ

自能窺宋玉、何必恨王昌。自ら能く宋玉を窺う 何ぞ必ずしも王昌を恨まん

※「(そう)(ぎょく)」は、戦国時代の詩人で美男子であった。ここでは李億を指す。

※「(おう)(しょう)」は、「嫁いだ男とは別の男」の意。「その昔、(ばく)(しゅう)という女性は、「()」という裕福な家に嫁いだが、金持ちではないが幼なじみの王昌に嫁いだ方が幸せだった」という話を踏まえている。

【解説】

・魚玄機が夫である李億から捨てられたあとに作った漢詩。(異説有り)

Q1:黄色の傍線部からは、「金より愛」という魚玄機の価値観が見られますが、これについてあなたはどう思いますか?(金より愛が大切・愛より金が大切・どちらも大切)

Q2:魚玄機は「見捨てられても好きになったことは後悔しない」と言っていますが、仮にあなたが大切な人にフラれてしまった場合、どのような気持ちになりますか?(後悔・批判・恨み・感謝・エール…)

5、自分を捨てた男がいつかは帰ってくることを淡く望む けいえん

【現代語訳】

独り寝の悲しみ

 ある日、(漢の古詩にあるように)「()()(香草の一種)」を手にいっぱいにとって山を下りると、日が西に傾きますが、(女のように私は誰にも会わず、)泣いています。(この古詩の話に)聞くところによると、帰ってこないと思っていた隣の夫は帰ってきたというのです。

 (私があなたと)別れた日は、雁が北に帰る春の日でした。(それから半年経ち)けさ、その雁が南に飛んできます。

 春に来て秋に去って行く雁には、互いのことを思う気持ちがあります。(一方、私はどうかと言えば、)秋がまた去り春になっても便りは殆ど来ません。

 私は家の門を閉じて、ただ主人の帰りを待っています。(近所からしてくる夫の冬着の準備する)(きぬた)の音は、何事もなく薄いとばりを抜け、私の耳に入ってくるのです。

※冒頭の古詩について

・昔、夫に追い出された妻が、山へ香草を取りに行った。その帰り道、夫に出会い「新しい奥さんはどうですか?」と質問した。夫は「お前と同じくらい美人だが、お前ほど仕事はできないので、お前のほうが良かったよ。」と答えた。
→この古詩を踏まえているのは、私をこの妻になぞらえた上で、①「私はきっと捨てられた李億と再び会うことができる」②「今の女より自分のほうを選んでくれる」という希望を込めている

【原文・書き下し】)

蘼蕪盈手泣斜暉、聞道隣家夫婿帰。
()() 手に盈ちて斜暉に泣く、聞道(きくな)らく鄰家夫婿の帰。

別日南鴻才北去、今朝北雁又南飛。
別日は南鴻 才に北去し、今朝 北雁 又南に飛ぶ。

春来秋去相思在、秋去春来信息稀。
春来たりて秋去るも相い思う在り、秋去り春来たるも信に息うは稀れなり。

扃閉朱門人不到、砧声何事透羅幃。
扃閉じ朱門は人到らざる、(ちん)(せい)何事ぞ()()を透す。

【解説】

・古詩・雁・砧を挙げつつ、自分の寂しさや夫への想いを表現した作品。

・作成された時期は、完全に捨てられる前か後かは微妙な所。

Q1:あなたは、魚玄機のようにフラれた(or別れた)後も相手を好きでいつづけるタイプですか?

(引きずるタイプの方へ。抑えきれない気持ちはどのように落ち着かせますか?)

6、自身を売れ残った美しい花にたとえる 売残牡丹 

【現代語訳】

売れ残った牡丹の花

 風に落ちる牡丹の花の哀れさよ、そしてまたこの春も過ぎていく。

 値が高いために買う人もおらず、香り高いために蝶も近寄らない。

 赤い花びらは奥深い所で大切にされており、緑の葉が路傍にあったとしても、染まることはないだろう。(赤い花びら=自分、緑の葉=男たちで。「自分がそこらへんの男にはなびかないという意味か。」)

 天子の庭に移し替えられれば(=元々良い家に生まれていれば)、王侯貴族に買って欲しいという恨み言を言わなかったものを。

【原文・書き下し】

臨風興嘆落花頻、芳意潜消又一春。
風に臨みで落花の頻なるを興嘆し、芳意 又一春 潜に消ゆ。

応為価高人不問、却縁香甚蝶難親。
応に価高きが為に人 問はざるなるべし、却て香甚だしきに練りて蝶 親しみ難し。

紅英只称生宮裏、翠葉那堪染路塵。
紅英只(かな)ふ 宮裏に生まるるに、翠葉()んぞ堪えん 路塵に染まるに。

及至移根上林苑、王孫方恨買無因。
根を上林苑に移すに至るに及びで、王孫方に恨まん 買ふに困なきを。

【解説】

・自身を牡丹という美しい花にたとえ、伴侶を得ることができない焦りを述べた詩。

・4で「金より愛」と言いつつ、結婚相手の地位を気にしているということは、結局金も必要ということ?

・魚玄機は、かなり昔に流行った「やまとなでしこ」というドラマの主人公に似ている?その主人公は、元々お金や地位ばかりを男に求めていたが、色々あって素朴だが優しい人と結婚する。そう考えると、魚玄機は地位にはこだわらず、優しい庶民と結婚すれば、幸せになれたのかもしれない…

7、妻に先立たれた夫の想いを述べる 代人悼亡(人に代わりて悼亡す)

【現代語訳】

とある人に代わって 妻の死を悲しむ

 昔、咲きほこっている桃の花の姿を見ては、おまえのようだと思ったことがあった。春風にゆれている柳の葉を見ては、おまえの眉の形にそっくりだと思ったこともあった。

 (龍の顎の下にあるという千金の)玉にもたとえられる程の女だった。今では、もとの龍のすむ淵へもどってしまった。だから、誰だっておまえを見にゆくことはできないのだ。(おまえが愛用していた)鏡台がのこっている。その鏡から、にっこりしてわたしに話しかけてきたものだが、今ではわたしが覗いてみても、話しかけてくれる人はいない。

 これからは、細雨が煙のように細くしとしとと降る夜には、夢をみてひとしお悲しい思いをすることだろう。寂しい時には、独りで詩でも作り、気を紛らわせるだろうが、それでも苦しくてたえきれない。

 西の山に日が落ち、月が東の山から登ってくる。満たされぬ夜がまた来る。限りなく夜ごとに続くこの想いは、いつまでも続くだろう。

【原文・書き下し】

曽睹夭桃想玉姿、帯風楊柳認蛾眉。
曽て夭桃を観ては玉姿を想い、風を帶びる楊柳に、蛾眉を認む。

珠帰竜窟知誰見、鏡在鸞台話向誰。
珠 龍窟に帰る 知るも誰か見ん。鏡 鸞台に在るも 誰に向ってか話せん。

従此夢悲煙雨夜、不堪吟苦寂寥時。
此れ従り 夢に悲しまん 煙雨の夜、吟苦に堪へざらん寂蓼の時。

西山日落東山月、恨想無因有了期。
西山には日落ち東山には月、恨想す 了期あるに因なきを。

【解説】

・妻を亡くした夫の気持ちを代弁した作品。「女性が男性の気持ちを詠う」という珍しいもの。もしくは、「とある人」は空想で、「自分もこれぐらい夫に愛されたい」という願望から作成したのかもしれない

8、まとめ

・魚玄機はその短い人生において、常に愛や恋心と共に生きてきた人物である。

→あなたから見て、魚玄機は「愛に振り回されて溺れた人物」「愛の素晴らしさを知って貫いた人物」、どちらに映りますか?

・魚玄機の作品は、大部分が恋愛の作品であり、多くの典故を用いつつ、女性らしい繊細で美しく恋心を述べる。

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