中国政界の闇 左遷・死刑・自殺・族滅

ポイント

  • 漢文を書く人の大半はインテリで政治家。だから、彼らが生きていた世界=政治の世界を知っておくことは、漢文の内容を理解する上で大切な背景知識となる。
  • 中国の政治の世界は、しばしば権力をめぐって左遷・死刑・自殺・族滅が起こっており、非常に恐ろしい一面がある。
  • 「左遷された人が、田舎で自然を楽しんで生活する一方、都会での地位や名誉を求める生活を冷ややかに見る」というのは、漢詩にありがちなパターン。

1、中国政界の闇とは?

こんにちは。本日は、中国政治の暗い部分について、学んでいきましょう。

漢文を書く人の大半はインテリで政治家です。だから、彼らが生きていた世界=政治の世界を知っておくことは、漢文の内容を理解する上で大切な背景知識となります。今回で、イメージを掴んでいきましょう!

日本史でも、例えば菅原道真が左遷されたことは学んだけど、中国史でもあるみたいですね💡

ちゃんと日本史も勉強してて偉いですよ✨おっしゃるとおり、日本史でも左遷や島流しなど、政治家や権力者がひどい目にあうケースは割とあります。

今日は、中国で政治(や軍事)に関わり、悲惨な目に遭った人たちを紹介したいと思います。

2、左遷させられた人々と漢詩

まずは、左遷とは何か抑えましょう。左遷とは、持っている地位や役職から、下の地位・役職に落とされることです。だいたい、中央の要職から地方の役職へ移動させられることが多いです。

左遷って聞くと、どうしても半沢直樹の世界が思い浮かんじゃいます…笑

あの世界観は、中国政界と近いので大丈夫ですよ💡中国に限りませんが、政治の世界で地位を得れば、莫大な権力や、それに付随する利益を得ることができます。そこで権力欲に囚われ、他者を貶めてでも地位や利益を得たいと思う人間は出てきてしまいます。

そんな感じで囚われた人が、左遷をする側になるってことですね💡

そうです。実際に左遷された政治家・武将を挙げてみましょうか。ぱっと思いついただけでも、これくらいはいます。

左遷された経験のある人々

廉頗・呂不韋・劉邦・韓信・賈誼・張衡・謝霊運・王維・杜甫・白居易・韓愈・范仲淹・蘇軾・王安石・朱熹・王陽明(守仁)…

えぇ…💦いすぎじゃないですか?笑

比較的有名な人を少し挙げただけなので、実際はもっと沢山います。

これで一部なんですか!?中国の政治の世界でうまくやっていくのは、難しいんですね💦

挙げてくれた人の中で、杜甫(とほ)は知っています!教科書でよく取り上げられるあの「春望」を作った人ですよね?杜甫も左遷されたんですか?

そうです。杜甫はとても真面目な性格で、皇帝が触れて欲しくないことでも、ずけずけと指摘しちゃうんですよ。それで左遷されてしまいます💦

有名な人だから、ずっと順調な人生を歩んだんだと思ってました。意外です。

杜甫は、中々波瀾万丈な人生を送っていますよ。杜甫の人生や性格については、今後詳しく取り上げるつもりです💡もしくは、こちらのマンガで詳しく分かるので、オススメです!

ちなみに、挙げた中の謝霊運(しゃれいうん)という人物の作品は、2020年度の共通テストの題材になっています。さらに、作品の内容は、謝霊運が左遷されたことと深く関わってきます。もし、中国政界の実情についてある程度でも知っていれば、この作品はとても読みやすくなったと思いますよ💡

それはお得では!?メモメモ…

「左遷された人が、田舎で自然を楽しんで生活する一方、都会での地位や名誉を求める生活を冷ややかに見る」というのは、漢詩にありがちなパターンです。是非覚えておきましょう!

都会での生活を否定するって、そこでの生活で左遷させられたから、気持ちは分かるけど…なんだか、負け惜しみにも聞こえちゃいます💦ずっぱいぶどう的な。

中々厳しい意見ですが、確かに「負け惜しみ」という気持ちもあった可能性はありますね。少なくとも白居易がそんな気持ちを持っていたことは確実です。

白居易は、左遷後「田舎でゆっくり仕事しながらプライベートを楽しむのもよい」という作品を作りましたが、その後中央に戻れるチャンスが訪れると、ウキウキしながら異動しています。人間臭いですね笑

白居易って人は、良くも悪くも素直な人なんですね笑。なんだか親近感が湧きます。

白居易についても、今後詳しく取り上げたいですが、本題に戻りましょう!

3、殺された人々or自殺した人々

次に、政治・軍事の争いにより殺されてしまったり、自殺してしまった人を紹介します。

痛い話は苦手です…💦

そうなんですね💦あまり生々しい話はここではしませんが、せめてどのような人が亡くなってしまったのか、ざっくりと知っておきましょう!

殺された人

伍子胥・呉起・商鞅・黄歇(春申君)・嬴扶蘇・蒙恬蒙毅・陳勝・韓信・董卓・呂布・符堅・楊広(隋の煬帝)…

自殺した人

屈原・韓非子・呂不韋・項羽・劉歆・蔡倫

けっこう多いなぁ…これ見た後だと、左遷された人は命があるだけましだなって思っちゃいます💦

左遷される人と殺されるor自殺する人の違いって何かあるんですか?

これはあくまで傾向ですが、 殺されるor自殺する人は、君主だったり宰相(国のナンバー2)など、より強い権力を持っているケースが多いですね

ハイリスクハイリターンってことかぁ…「盛者必衰の理をあらはす」って感じですね💡

もちろん、死ぬまでうまく地位を保ったままだった人もいますけどね。中々難しかったようです。

一覧を見てて、蔡倫(さいりん)って人は見覚えがあります。世界史で勉強しました。たしか、製紙法を改良した人物でしたっけ?この人も権力争いに巻き込まれたんですね…

4、蔡倫と後継者争い

この人も中々かわいそうではあります。彼が死ぬまでの経緯は複雑ですが、知ると中国政界をリアルに感じ取ることができると思うので、説明させて下さい。

後漢の3代目章帝(しょうてい)の時代、章帝には竇皇后(とうこうこう)という正妻と宋貴人(そうきじん)という側室がいました。

竇皇后には章帝の子どもを授かれませんでしたが、 宋貴人には男の子が生まれ、時期皇帝=皇太子とされていました。また、梁貴人(りょうふじん)という側室にも、男の子が生まれていました。

このような状況下、竇皇后は焦りました。ナナさん、なぜだと思いますか?

「私も子ども欲しい!」ってことですか?

惜しいです。正解は、「自分の子どもが時期皇帝にならないと、今の権力を維持できないから」です。

権力欲にとりつかれている!!笑

そうです。そこで竇皇后は、①男の子を産んだ二人の側室を讒言(ざんげん)して殺す→②梁貴人の子どもを養子(のちの和帝)として引き取る。→③宋貴人の子ども=皇太子が廃止され、竇皇后の養子が皇太子となる→④ 竇皇后の養子が皇帝となり、自身は太后(皇帝の母。権力強い)となる。という手順で権力の座を手に入れます。

関係性を図で整理すると、こんな感じです💡

竇皇后 蔡倫 相関図

竇皇后から出ている矢印が物騒すぎて…竇皇后→和帝の「養子に」ってのも、「元々の母親を殺して養子にする」ってことですよね…?正気を疑っちゃいます💦

ところで、①の讒言(ざんげん)ってなんですか?

讒言とは、「嘘をついて他者をおとしめる」という意味です。竇皇后は、章帝に対し「宋貴人があなた様のことを呪う儀式を行っているそうです!」と嘘をついて、宋貴人を失脚させようとします。

うぁ…そんなことする人がいるんですね💦てゆうか呪いって笑

当時は、呪詛(じゅそ)といって、割と真面目に効果がある「呪い」だと思われていました。だから、重罪な訳ですね。

竇皇后の告発について、章帝は取り調べをはじめますが、それを担当したのが蔡倫でした。

蔡倫ようやく出てきましたね。存在忘れていました笑

蔡倫は、竇皇后に圧力をかけられていた(もしくは、積極的に協力した)ので、宋貴人は呪いの儀式なんてしていなかったのに、「していました」とうその報告をします。

それはひどい!自業自得では?💢

断れば、それはそれで竇皇后に恨まれて殺されていたかもしれませんし、そんなに単純な話でもないと思いますよ。

その後蔡倫は、絶大な権力を握った竇皇后や、新皇帝の和帝にも信頼され、めちゃくちゃ出世します。その時、製紙法を改良するという偉業を成し遂げています。

その後、竇皇后や和帝が亡くなり、安帝(あんてい)の時代になると、とある人がかつて蔡倫が行ってしまった過ちを安帝に伝えました。

それまずいやつや…

そうです。さらにまずいことに、安帝は蔡倫が間接的に殺してしまった宋貴人の孫でした

つまり、安帝からすると蔡倫は「自分のおばあちゃんを無実の罪で殺した人」なんですね。それは復讐されますね…

そこで蔡倫は毒薬を渡され、それを飲んで自殺します。

自業自得なんだかかわいそうなんだか、複雑な気持ちです。でも、中国の政治の世界がいかに恐ろしいかが少し分かった気がします。

5、趙高に殺された兄弟 蒙恬・蒙毅

ちょっと待って下さい!「殺された人」の 蒙恬(もうてん)・蒙毅(もうき)って、あのキングダムに出てくる人たちですよね!?私は蒙恬ファンなので、解説をお願いします!

そうですね。史実における二人は、結構かわいそうな最期を迎えています。私は王翦が好きです笑

ていうか先生、キングダムとか読んでるですね笑

実はめっちゃファンです!笑
その話は置いといて、あの二人は、史実だと悲惨な最期を迎えてしまいます。せっかくなので、どのようにして最期を迎えたのか説明しましょうか。

まず、 蒙恬・蒙毅兄弟は、始皇帝にとても信頼されていました。 蒙恬は、自分の跡継ぎを任せていましたし、蒙毅には自分の大切な業務を任せていました。

さすが私の蒙恬!笑

その後、始皇帝が無くなると、趙高(ちょうこう)と李斯が、元々の皇太子を廃止し、胡亥という別の息子を跡継ぎにしようとしていました。

そこで、元々の皇太子の後見人であった蒙恬は邪魔だった訳です。また蒙毅は、かつて趙高が罪を犯した際、死刑にするよう、始皇帝に勧めています。(結局、死刑にはされていませんが。)

つまり、趙高にとって蒙兄弟は邪魔だった訳ですね…

そういうことです、結局兄弟は、罪をでっち上げられて殺されました。『史記』の蒙恬列伝によれば、幸い?彼らの親族は助かったようですが。

6、族滅されてしまった人々 李斯

一方、蔡倫・蒙恬・蒙毅よりひどい最期を迎えてしまった人もいます。

恐ろしや…💦

自分だけではなく、両親や兄弟・妻など、近親者も死刑にされることもありました。それを「族滅(ぞくめつ)」もしくは「族誅(ぞくちゅう)」と言います

族滅させれしまった人(々)

李斯・晁錯・公孫述・霍光・陸機・方孝儒…

自分だけじゃなくて自分の大切な人も罪に問われるなんて、ひどすぎます…💦

李斯(りし)もキングダムに出てきてますよね?あの人、族滅されるんですか…?

そうですね。李斯は元々始皇帝の右腕として活躍していましたが、始皇帝の死後、趙高と手を組み、自分の権力を守ろうとします。

趙高・李斯は、先程述べた通り、邪魔だった蒙兄弟や元の皇太子を排除し、安泰になったかと思いきや、次は趙高と李斯が争います。

二代皇帝の胡亥が即位した後、中国各地で反乱が起こり、秦は存続の危機に見舞われます。その主な原因は、権力を握っている趙高が邪魔な臣下を粛清し、好き勝手振る舞っていたからでした。

趙高ダメじゃないですか💢?

そうですね。そこで李斯は、胡亥に「趙高を処刑すべき」と提案しますが、趙高を絶対的に信頼していた胡亥は、逆に李斯を罪人としてしまいます。

趙高も胡亥もだめだなぁ…

結局、李斯は息子を含む一族ごと死刑となってしまいます

かわいそう…

でもこれで、中国の政治がどようなものか、少しは分かった気がします。先生、ありがとうございました。

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