桃の花が登場する漢詩 3選 中国では桜より桃?

ポイント

  • 桃の花は桜に似た花で、春に花を咲かせる。中国の漢詩においては、桜より桃の花ほうが読まれることが多い。
  • 1、「詠桃(ようとう)」は、桃の花が咲く春に出張先の夫を想った作品。美しい桃の花の描写と、読み手(妻)の悲しさのギャップが特徴。
  • 2、「山中問答は」、桃の花が理想郷を暗喩する役割を担っている。(昔から桃は、不老長寿や仙人・仙人界or理想郷と密接な関わりを持つとされていた。)李白が仙人や理想郷に憧れているのが特徴。
  • 3、春夜宴桃李園序(春夜桃李の園に宴するの序)は、李白が一族と共に春の夜、桃の花が咲く所で宴会を開いた時の作品。全体的に風流さが漂っている点が特徴。

こんにちは。本日は、「桃の花が登場する漢詩」を3つ紹介します。

こんにちは。桃の花ってどんな花ですか?

下の画像の花です。だいたい桜が咲く季節に咲きますね。そして色がどっちもピンク色なので、桜と勘違いされることもあります。

確かに、少し葉桜になりかけている桜だと勘違いするかも💦

実は、中国では桜より桃の花のほうが漢詩にも登場します。

なんか意外です。日本だと桜のほうが段違いに知名度高いですが、中国では桃の花のほうがポピュラーだったんですね💡

そうですね。意外かもしれません。具体的にはどのような漢詩があるのか見てみましょう!

1、桃の花が咲く春に出張先の夫を想う 詠桃(ようとう)/沈約(しんやく)

注目

1、桃の花が咲く春に出張先の夫を想う

詠桃(ようとう)/沈約(しんやく)

【現代語訳】

風がやってきて(桃の)葉を吹き動かす。

風が去ると(桃の)花が散ってしまうことを心配する。

(桃の花は)赤い花が既に輝いている。

さらに日光を浴びて(いよいよ美しく輝いている。)

(夫は出張先で)子どもに歌を歌わせて曲を調えさせ(て楽しみ、)

(また)女を呼んできて、その女は(夫のために)衣服を縫って(仲睦まじくしている。)

(このように、夫が出張先に他の女と仲良くしているのに、私は)この桃の花を見てどうして涙を減らすことができるだろうか。(どうしても悲しみを抑えられない。)

(桃の花が)夫を想う私の腸(はらわた)をちぎらせてしまうのだ。

【本文】

風来吹葉動 風去畏花傷

紅英已照灼 况復含日光

歌童暗理曲 游女夜縫裳

詎減当春淚 能断思人腸

【書き下し】

風来たりて葉を吹きて動かす

風去りて花の傷われんことを畏る

紅英已に照灼たり

 

况んや復た日光を含むをや

歌童 暗に曲を理(おさ)め

 

游女 夜 裳を縫う

詎(なん)ぞ減ぜむ当春の淚

 

能く思人の腸を断たしむ

【注釈】

五言律詩。読み手は、夫と離れ離れになっていることと、仕事先で別の女と仲良くしていることに傷ついている。

【ポイント】

前半の桃の花の美しい描写と、後半の読み手の感傷的な描写のギャップ。

前半は桃の花の描写がきれいですね。暖かい春を象徴しているのでしょうか。でも後半はなんかドロドロしてて、ギャップが凄いですね…笑💦

前半と後半のギャップは面白いですよね。我々も、春や夏で陽気な季節に落ち込むことがあれば、そのギャップで余計落ち込んだりしませんか?

確かに…読み手が綺麗な桃の花を見て感傷的になっているのも分かるような気がします。
てゆうか、この読み手の夫は、出張先で不倫しているってことですか?それなら許せません!

当時の中国では、夫が複数の妻を持つことは問題ありませんでした。従って、不倫にはなりません。ただし、妻にとってはあまり良い気持ちがするものではなかったと想います。

えぇ…💦私だったら絶対嫌です笑

私も妻の立場だったら嫌ですね。同じように、「詠桃」の読み手も感じていたのでしょう。

2、桃の花は理想郷の暗喩! 山中問答/李白

注目

2、別世界に憧れて山奥に過ごす 山中問答/李白

【現代語訳】

私に尋ねる人がいる。どんな理由があって(この辺鄙な)碧山に住んでいるのか。

(私は)笑うだけで答えたない。(ここにいるだけで)心が落ち着くのだ。

桃の花びらを浮かべて流れる川は、遠くはるかに流れていく。

ここには(桃花源の村のように、)俗世間とは全く別の新天地があるのだから。

【本文・書き下し】

問余何意棲碧山 余に問ふ 何の意ありてか碧山(へきざん)に棲(す)むと

笑而不答心自閑 笑いて答へず 心自(おのずか)ら閑なり

桃花流水杳然去 桃花 流水 杳然として去る

別有天地非人間 別に天地の人間(じんかん)に非ざる有り

【注釈】

七言絶句。

本作品は、陶淵明の『桃花源記』を踏まえている。

『桃花源記』では、とある漁師が、桃の花が両岸に咲く川を遡っていくと、素朴で素敵な村に迷い込む。

ここでの「桃の花」は、理想郷という意味合いがとても強いです。陶淵明の『桃花源記』という作品でも、別世界の理想郷へ向かう過程で桃の花が描写されています。

そもそもなんで桃の花と理想郷って結びつくんですか?💦

昔の中国では、桃の実は、食べると不老長寿になるという言い伝えがありました。これに関連して、桃の木(花)自体が仙人や仙人の住む世界or理想郷を暗示することもありました。

現代だと桃はピンクで可愛いってイメージしかないけど、昔は桃=不老長寿・仙人・仙人界・理想郷みたいなイメージがあったわけですね!

その通りです。李白は若い頃から仙人に憧れを持っており、実際に仙人になるための修行を行っていました。また、隠者(下ページを参照)にも憧れていました。
この作品は、そのような李白の背景も関連しています。

李白さん、仙人になりたかったんですね。サンタを信じる子供みたいで可愛いです笑

そうですね笑
また、最後に「別に天地の人間(じんかん)に非ざる有り」と李白が述べているのは、別の世界=理想郷を意識しているということです💡

3、一族で春の夜に花見をして詩を作る 春夜桃李の園に宴するの序/李白

注目

春の夜の花見を描写する 春夜宴桃李園序(春夜桃李の園に宴するの序)/李白

【現代語訳】

そもそも、天地は万物の旅館のようなものであり、月日は永遠に歩き続ける旅人のようなものである。

そして、はかない人生は夢のようなもので、楽しいことをする時間はどれほどあるのだろうか。

昔の人は、灯火をつけて夜まで遊んだというが、これは本当にもっともなことだ。

ましてや陽気な春が、霞たなびく春景色によって我々を誘い、神が私に文章(=ここでは特に詩)を作る才能を貸してくれているのならなおさら(楽しむべきである。)

桃やスモモの花が咲き香る庭園に集まり、一族での楽しい宴会をはじめる。

弟たちが(詩文の才能に)優れていることは、みな謝恵連のようである。

(しかし)自分の作る詩だけは、(謝恵連より年長者である)謝霊運には(及ばず)恥ずかしい。

(つまり、私の才能は一族の年下のみなには遠く及ばないのだ。)

心静かな(桃の花の)鑑賞はまだ終わらず、(世俗を離れた)高尚な話はますます盛んになる。

立派な宴席を設けて花に対峙して座り、互いに盃を眺めて月を観賞する。

素敵な詩を作らなければ、どうしてこの風流で雅やかなこの想いを述べられるだろうか。(いやできない。)

もし詩が完成しなければ、罰は金谷園の罰坏(=罰として飲む酒)(のルールに)に倣(って三杯の酒を呑ませることにしよう)。

【本文】

夫天地者万物逆旅、光陰者百代之過客。

而浮生若夢、為歓幾何。

古人秉燭夜遊、良有以也。

況陽春召我以煙景、大塊仮我以文章。

会桃李之芳園、序天倫之楽事。

群季俊秀、皆為恵連、吾人詠歌、独慚康楽。

幽賞未已、高談転清。

開瓊筵以坐華、飛羽觴而酔月。

不有佳作、何伸雅懐。

如詩不成、罰依金谷酒数。

【書き下し】

夫れ天地は万物の逆旅(げきりょ)にして、光陰は百代の過客なり。

而して浮世は夢のごとし、歓を為すこと幾何ぞ。

古人 燭を秉(と)りて夜遊ぶ、良に以(ゆえ)有るなり。

況んや陽春 我を招くに煙景を以てし、大塊 我に仮(か)すに文章を以てするをや。

桃李の芳園に会して、天倫の楽事を序す。

群季の俊秀は、皆 恵連たり。吾人の詠歌は、独り康楽に慚づ。

幽賞未だ已まず、高談転(うた)た清し。

瓊筵(けいえん)を開きて以て華に坐し、羽觴(うしょう)を飛ばして月に酔う。

佳作有らずんば、何ぞ雅懐を伸べん。

如し詩成らずんば、罰は金谷の酒数に依らん。

【注釈】

逆旅=旅館。(「旅人を逆(むか)える所」から) 過客=旅人。 浮世=はかない人生。

大塊=天地。もしくは天地万物を創造した神。 群季=多くの年下。若者。宴会に参加している人々を指す。

天倫=生まれつきの家族のこと。 仮(か)す=貸す。

恵連=謝恵連のこと。南朝宋の著名な詩人。ここでは、宴会に参加している年下の人々を指す。

康楽=謝霊運。南朝宋の著名な詩人。謝恵連の親戚で彼より年上。ここでは李白自身の立場を指す。

瓊筵=立派な宴席。(瓊は玉で美しさの形容+筵(むしろ))。羽觴(うしょう)を飛ばす=雀が羽を広げた様子によって、盃をやりとりするさまを表現している。

金谷=洛陽郊外の別荘。ここでは、昔ここで開かれた宴会、詩を作れなかった者には罰として酒を三杯呑ませたというエピソードを踏まえている。

李白とその一族(年下)が集まって夜に桃の花を観賞して詩を作っているんですね。
めちゃくちゃ風流って感じです💡

現代日本でも桜を見て飲み食いすることはあるので、割とイメージしやすいと思います。まぁ作詩までする人はそこまでいないでしょうが笑

こういうの見ていると、昔の人は自然に対する感受性がとても豊かだったんだなと思います。
私だったら、いくら綺麗な花を見ても、いきなり詩なんて書ける気がしません笑

よい見方だと思います。昔は娯楽が少なかく、花見や作詩は数少ない娯楽の一つだったことが大きいと思います✨

逆に今は娯楽に溢れすぎですね。ネットがあれば無限に楽しめますし笑

そうですね笑。しかしたまには昔の人のように、自然を楽しんでみるのも良いですね。ネットでは得られない感動が得られるかも?

花でも画像で見るのと実際に見るのでは全然違うから、実際に見る価値はあると思います!

なお、この作品では李白が一族と共に宴会を開いていますが、他に家族が関係する作品を以下のページでまとめているので、よかったらこちらもご覧下さい。お疲れ様でした!

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